俺達、どうして将来の夢を隠すのか?その理由について少し考えた。

「夢を語る」というと「ダサい!」とか「青っくさい!」みたいに思われるかもしれない。けれど、本当にそうか?とちょっとだけ考えてみた。

その考えについて今日は書くわけですが、みんな各々の意見あって当然だと思うし、答えを出してるわけでもないっす(タイトル釣り気味です。すんまそん)このエントリーは「日々の雑談」として受け流してもらえれば。
まずは実生活に当てはめて振り返ってみたらどうでしょう?今、会社で隣に座って仕事をしてる人の夢、知ってます?或いは上司でも後輩でもいい。身近にいる人についてちょっと振り返ってみよう。

「知らないよ。というより、そんなこと話をしたこともねーし、知りたくもねー」という場合が殆どじゃないかなあ。こういう話題って、自分が振る立場でも、あるいは話す立場であっても、「恥ずかしい」、とか「組織に身をおいているに、夢って……不謹慎に思われるんじゃないか?」そんな負の感情が働くと思う。
これって日本人特有の性質じゃないだろうか?そのように小出は考えます。日本は良くも悪くも「皆と同じであることを良しとする」文化だから、人と違う思想を持っている事に不安を覚えるのかもしれない。だから言えない、言わない。ところが、「自分は夢も実現できず、こんなに抑圧されているのに、アイツは夢みたいな事言って、好きなことをやって、自由だ。ずるい」みたいなやっかみが少なからずあると思う。勝間氏の言う「妬みの文化」ってやつだ。学校の授業や受験は競争そのものだし。社会に出てからだって同じ。勝ち組、負け組とか言いますけど、負ける人がいなかったら勝つ人も存在しないし、そういう概念すらもないわけで、はい。だから「自分のやりたいこと、夢」存分に語ったほうがいいと思う。ココは小出は断固主張いたします。特に身近にいる人となら、余計に話したほうがいいんじゃないかな?と思うのです。理由は2つある。

1)自分がどこを目指しているか明確になる。
自分の夢って、誰かが与えてくれるものではない。自分で描くものだと小出は考えます。それははじめ、漠然としたイメージで、白と黒くらいしか色がない。けれど、日々具体的にしておくクセを付けると、色彩を帯びてきます。色が明確になってくると何かと良いことが起こります。さらにこれが習慣になると日々の行動の規範になる。まあ、自分の考えをしっておくと便利ってことです。

2)協力者が増える。
何かのきっかけに「そういえばアイツ、そんなことを言っていたな」と、誰かの記憶に残ってる時がある。

「そしてたらこんな耳寄り情報があるよ」とか「こんな便利アイテムが有るよ」「この本が役に立つよ」などという化学反応が増える、と言う主張なのですがいかがでしょうか?身近にいる人とは、ざっくばらんに話をしてみてはどうだろうか?

どうでもいいけど、今月号のクーリエ・ジャポン、買いたくなった。さっきJ-WAVEで別所さんの番組聴いてたらここんちの編集長が話をしてくれてた。お話、とっても面白かったから今度は誌面も買ってみようと思う。雑誌買うなんてNewton以来だなー。

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